丘の上の輝く町 2008年10月26日読売新聞朝刊7面 アメリカ総局長岡本道郎
1993年冬、ポスト冷戦期の世界で米国の役割をリチャード・アーミテージ氏に尋ねた。氏は「世界の警察署長」と明言した。全世界に利害を持つ署長として、大事が起きれば現場に急行し指揮をとる。(アーミテージ氏が現場に急行し最初から最後まで現場で指揮をとったのかな。もし現場にいたら、もっと早くイラク戦争は終了しただろう。)その言葉には東西冷戦という政治経済体制の闘いに勝利し、フセインのイラクとの湾岸戦争(91年)でも未曾有の多国籍軍を率いて圧勝、威令の絶頂期にあった米国の自信と余裕がみなぎっていた。2001年の「9.11」、イラク戦争を経て、大恐慌以来の金融危機にあえぐ今の米国が、次期大統領の下、世界で果たすべき役割はどうあるべきなのか。15年後に同じ質問にアーミテージ氏はこう答えた。「米国は丘の上の輝く町になるべきだ」
マタイ伝「あなたがたは光である。山の上にある町は隠れることができない」(新約聖書)という章句が由来で、17世紀前半、北東部ニューイングランドに渡った清教徒指導者ジョン・ウィンスロップが上陸に先立ち、「我々は丘の上の町になるべきだ。すべての人の目が我々に注がれている」と演説した故事が、米国の理想として語り継がれてきた。80年代、強いアメリカを再生し、冷戦を勝利に導いたレーガン大統領が好んだ言葉としても知られる。大統領は2期8年の任期を終える89年1月の国民向けお別れ演説で、「大洋より強く、あらゆる人々が調和と平和のうちに暮らし、その門戸は何人にも開かれ、自由を希求するすべての者を導く灯となる」と、自身がイメージする「町の姿」を紹介した上で、「我々はこの町をより強く、自由にした」と誇らしげに語った。
だが、アーミテージ氏が「輝く町」を口にしたのは、レーガン氏が浸ることのできた達成感からではない。「9.11以降の米国は、自身を導く灯火を見失い、世界に希望でなく、恐怖と怒りを輸出してしまった」。力によるイラクの「民主化」キューバのグアンダナモ米軍基地やイラクのアブグレイブ刑務所でのテロ容疑者への虐待、拷問・・・アーミテージ氏の表情は曇っていた。「世界での米国の役割」を聞かれ、「警察署長」といった明確な立場でなく、ノスタルジーにも似た抽象的な理想像を語らざるをえない、そんな苦渋がにじみ出ていたような気がした。
米国の混迷は深い。だが、それでも、米国の優位が「終わった」と断じるのは早計だろう。「無局化」とも言われる今日の世界だが、政治理念でも経済力でも、米国に代わり世界を引っ張れる国はまだない。金融危機は、米国が激震すれば、世界全体が危機に瀕することを図らずも再認識させた。世界は再びアメリカが輝くのを待っている。新たな役割を見出し、しっかりリードして欲しいと思っている。だからこそ2008年大統領選の行方を真剣なまなざしで見つめているのだ。11月4日の投票まで1週間余、米国と世界にとっての歴史的な選択の時が迫っている。
書き写してみると、かなり長い文章です。
アメリカが容認してきた投機マネーが自壊を始めました。これは投機マネーが実体経済からかけ離れた存在であったためです。だから投機マネーが活躍してきた株、サブプライムローン証券は、その価値をなくしてきたのです。今は円高に投機マネーは移動してきているでしょう。やがて産業や流通、経済状態を考慮して、通貨の国別格差にも、基準が設けられるでしょう。基準以上の使い捨て経済に対しては、警告が発せられるでしょう。
日本には仏壇があります。そこには亡くなった家族の霊が暮らしているような扱いがされています。毎朝霊にお茶とご飯、線香をあげます。亡くなった人の霊か家族に対して何も言わない。でも、家族は霊のお腹が空かないように、毎朝あげて供養する。何も言えない霊に対して、思いやる心が、ここにある。この物言わぬ霊に対する思いやりが、アフガニスタンで農業指導する考えを持たせ、実行する人が現れる。アメリカも仏壇を家の片隅に設け、亡くなった家族を思いやる習慣を作ってみてはどうですか。少しは弱者を思いやり、何をしてあげるべきかが分かるでしょう。そして、人間は誰もが生きたいと思っていることを知るでしょう。弱者の生きる望みを断ち切ったのが、強いアメリカだったことも知ることができるでしょう。
もう、アメリカ一国が世界の指導者であるという安易な考えは捨てる時にきています。あらゆる地域、あらゆる国の人みんなが、生きることを求めているのです。アメリカだけがエネルギーを過大に消費していいはずがありません。だれもがエネルギーが欲しいのです。だれもが生きるために食事を欲しているのです。
アメリカは弱者の最低限の平等さえ認めず、反省もしないなら、発展途上国はアメリカを、世界の仲間として認めたくないでしょう。先進諸国は自分たちさえ経済発展していればいいと思っているなら、いつかこの世界のどこかに滅亡の危機が訪れるでしょう。この滅亡が一部だけとは限らないかもしれない。
強者が現れると、反対の弱者も現れてきます。強者であるアメリカは、弱者に対して強い態度をとってきたのを、自覚していないでしょう。このアメリカの態度がテロに心理的な存在意義を与えていることも、自覚できないでしょう。強者でなく、あらゆる境遇の人を思いやることこそ、世界の指導者に求められることです。世界の指導をアメリカ一国に任せると、今までのような過ちを犯す。だからこそ、全世界の人々は、今、緊急にやるべきことを話し合いで明らかにし、実行すべきです。
アメリカが、イスラエルが有利になるようにしている平和交渉をしていることは、パレスチナ人でなくても明白に分かります。これが理解できないのはブッシュだけかもしれません。だからこそ、あらゆる国の大勢の目で「大事」を見て、様々な立場で、事実を見極め、公正に「大事に対して」対処しなければなりません。
これでも岡本道郎様は強いアメリカだけを信仰し続けるのでしょうか。でもアメリカが一番と信じている彼には、この書き込みは届きません。笑い。
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